ジョン・ポールソンはサブプライムローンの破綻を予測し、一世一代の取引によって巨万の富を手にした投資家として知られています。2007年の1年の収益額はなんと150億ドル。これは金融史上最大の収益といえます。
敏腕ヘッジファンドマネージャーであるジョン・ポールソンとは、どのような人物だったのか?
そして、金融市場が崩壊する中でいかにして莫大な利益を上げることができたのかを紹介します。
ジョン・ポールソンとは
ポールソンは、1978年ニューヨーク大学経営学部を首席で卒業するほどの秀才でした。その後、ゴールドマン・サックスの奨学金によりハーバード大学へ入学しMBAを取得。ボストン・コンサルティング・グループに入社しました。同僚とも仲が良く、クリスマスにはセンスの良いプレゼントをツリーの下にそっと置いておくような気遣いをする性格だったそうです。
しかし、大企業にいては大きな利益を出したとしても大人数で分配することに不満を持ち、1994年に、ヘッジファンドであるポールソン・アンド・カンパニーを創業しました。
そして2007年に、サブプライムローン証券を対象とするクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に投資して、巨額の利益をあげました。その後も、金への投資を成功させ巨万の富を得ました。
2008年にアメリカの連邦議会は、著名ヘッジファンドCEOのジョージ・ソロス氏やジム・シモンズ氏、ケン・グリフィン氏などの錚々たるメンバーと共に、ポールソンを呼び出しました。
このなかで、ポールソンの発言がもっとも強い注目を集め、彼の声には議会の場にいた人だけでなく、CNBC、ブルームバーグ、議会中継専門のケーブルテレビを通じて多くの人が耳を傾けたとされています。
2013年には、デビット・テッパー氏と同じく、人気銘柄を避けながらも通信業界、ヘルスケア、バイオテクノロジーなどへの投資を行いて高成績を残しました。
2016年時点で、フォーブスが発表した億万長者番付で108位、資産額は86億ドルとなっていますが、2021年までにこの資産額に大きな変動はないようです。
また近年では、パートナーのファンドマネジャーが独立するなどした影響か、損失を出すことも多くなっているようです。
元FRB議長グリーンスパンによる評価
FRBの元議長であるアラン・グリーンスパン氏は、ポールソンの友人の1人であり、自身の会社の顧問を勤めています。
同氏によると、ポールソンはリスクを判断する能力、そして自分が下した判断を利用する能力に優れていると評しています。投資の規律を守り続けているため、失敗の可能性よりも成功を続ける可能性のほうが格段に高いとインタビューで答えていました。
如何にして100年に1度の金融危機で莫大な富を築いたのか
金融危機で数多くの銀行や団体が崩壊の危機に直面するなか、ポールソンは「金融史に残る最高のトレード」とまで呼ばれるトレードを成功させました。この「史上最高のトレード」は、サブプライム関連資産の空売りでした。
当時のアメリカ住宅不動産市場は、かつての日本のバブル同様に不動産価格が上がり過ぎているとポールソンは感じていました。そこで、どうしてこれほどにも上昇しているのかを調べた結果、住宅ローンは「プライム」、「ミッドプライム」、「サブプライム」に分かれていることが判明。特にサブプライムローンの市場は大きく、1兆ドルもの証券化されたサブプライムローンが発行され、その規模は拡大の一途をたどっていました。
サブプライムローンは、最初は金利が安くても後になるに連れて支払金額が上がり、返済が苦しくなります。また住宅価格の上昇が前提であるサブプライム商品の分野は、近く崩壊する可能性が高いという結論に至りました。サブプライム・ショックが起きる前に、アメリカ住宅バブルの崩壊時期を見抜いたのです。
なお、ポールソンの反対側となるサブプライム関連資産を保有している金融機関は、シティバンクやUBS、メリルリンチなどがいました。彼らは自社がサブプライム商品を買いこみ、尋常ではない資産価格下落リスクを抱えていました。それにも関わらず、大手銀行の経営陣は、サブプライム関連商品の売買手数料で儲かっていると思い込んでいました。
そして、金融機関によって過剰なまでのレバレッジが掛かっていることも分かりました。株主資本と比べて最大手銀行のレバレッジは30~40倍もあり、大きい場合は50倍という過大なリスクを取っていますした。このような高いレバレッジでは、小さな損失が出るだけで資本は一気に吹き飛んでしまうと判明し、ますます投資妙味が増してきたのです。
そこでポールソンはサブプライム証券に投資資金を集中し、空売りすることを選択しました。しかもこの取引は、予想が外れたとしてもリスクは極めて小さく、予想が的中すれば並はずれた成果を出せると想定できたのです。
実際に、サブプライムローン証券のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は、とても値段が安く、僅かな金額を支払うだけで良いという非常に有利な状態にあったといいます。そのため、250億ドルほどのサブプライム関連のCDSをあらゆるファンドで購入しました。
また、ポールソンはそれまでの仕事を通じて、債券の空売りという技術を習得していました。実際の価値以上の信頼を得て額面で取引されており、かつ債務不履行になりそうな債券を見つけるのは難しいのですが、それを見つけることさえできれば、少ないリスクに対してリターンが大きくなります。ポールソンは分析と選択する金融商品、そして取引の技術などいくつもの成功が重なり、莫大なパフォーマンスを収めてる結果となったのです。
実際に相場が急落した場面で、それらは記録的な値上がりとなりました。2007年には、このトレードから合計150億ドルの利益を得て、年間600%ものパフォーマンスを記録。会社の運用資産は2006年の65億ドルから280億ドルまで増加しました。
その後も、ゴールドへの投資などで成功し、2010年には49億ドルもの収益を上げました。運用資産は2011年に約380億ドルにも昇るほどの巨大ファンドとなりました。
なお、2007年の年収は40億ドル、2013年にも23億ドルものヘッジファンド報酬を得たと言われています。
ペレグリーニの活躍
ポールソンの活躍ばかりに目が向きますが、サブプライムの危機を察知し、CDSなどのより収益力をあげる商品を見つけたのが、アナリストであり共同運用担当者のパオロ・ペレグリーニ氏です。
彼は業界でも特に早い段階で、信用の高いローンと低いローンをまとめて証券化し、高い格付けを与えて顧客に販売しているという業界の闇と商品の危険性を察知。近いうちに市場が崩壊することを見抜いたのです。
そして、その成功により2008年には5000万ドル(約50億円)の報酬を手にしました。しかし、社内での地位向上とはいかず、2008年12月に独立し、自身で運用を始めました。
2009年には、米国債先物の空売りを行い、7カ月間で80%のリターンを記録し。この時点で、個人資産は1億ドルあるとされています。
ポールソンの会社では、2016年には、パートナーを務めていた女性ヘッジファンド・マネジャーのサマンサ・グリーンバーグ氏も独立。それが原因となったのか、会社も損失を出すようになり、運用資産はピーク時からかなり減少することになりました。直近ではCDSであげた税金の支払いに苦慮して、一部資産を現金化しているという報道もされています。
ジョン・ポールソンまとめ
今回は、史上最大のぼろ儲けを出したといわれるジョン・ポールソンを紹介しました。
好景気に沸く裏にある真実を見抜き、サブプライム関連商品のCDSの空売りという最適な金融商品を選択し、これまでの取引の技術を最大限に生かした、まさに「史上最高のトレード」を成功させたのです。
投資で成功するためには、分析に商品の選択とタイミングが必要なことが分かりますね。
なお、ポールソンは慈善活動家としてもしられており、ニューヨークのセントラル・パーク管理委員会に1億ドルも寄付を行いました。また、母校であるハーバード大学のハーバード・工学/応用科学スクールに4億ドルを寄付し、これは同大学において過去最大の寄付額だそうです。