元FRB議長“イエレン氏”米財務長官就任へ。米国株式市場への影響を予想する

バイデン次期米大統領は財務長官に連邦準備制度理事会(FRB)前議長のジャネット・イエレン氏を指名することになりました。正式には来週に経済閣僚を発表するとのことですが、イエレン新財務長官についてまとめてみました。

FRB前議長“ジャネット・イエレン氏” 財務長官誕生の背景

連邦準備制度理事会(FRB)前議長のジャネット・イエレン氏はアメリカ初の女性財務長官となり、中央銀行での経験が豊かな人物が米国の経済政策担当のトップに就くことになります。イエレン氏の起用はウォール街、進歩派の双方の支持を獲得する公算が大きいようです。金融業界はエリザベス・ウォーレン上院議員のように同業界に厳しい人物の起用を警戒していました。一方の進歩派は大手銀行や富裕層に友好的過ぎる候補が選ばれることを懸念していました。

上院での承認手続きを経て就任すれば、イエレン氏(74)は、新型コロナウイルスの感染が再拡大する中で、米経済のかじ取りを担うことになります。最も急を要する課題は、雇用が悪化する中で経済対策を届けるため議会の行き詰まりを打ち破ることです。

投資家の大半はイエレン氏が政府による追加の緊急支出を支持していることで、すでに安心感を得ています。イエレン氏は10月19日にブルームバーグテレビジョンで、コロナの「パンデミック(世界的大流行)が依然として経済に深刻な影響を及ぼしている間は異例の財政支援を継続する必要があるが、それ以降も必要になると私は考えている」と語っていました。

米紙ウォールストリート・ジャーナルは23日、大統領選の勝利を確実にした民主党のバイデン氏が、イエレン氏を次期財務長官に指名する意向だと伝えていました。イエレン氏がFRB議長に就任した当初に6.5%を超えていた米国の失業率は、任期中に2.5ポイントも低下しました。同氏はFRBの独立性も一貫して擁護し、議長をパウエル氏に交代させたトランプ大統領でさえ、イエレン氏を過剰に叩こうとはしませんでした。

ジャネット・イエレン財務長官誕生で米国の財政政策はどうなる?

イエレン氏の伝統的な金融政策運営が、幾つかの失敗につながったのは確かという意見もあります。常に、失業率押し下げのために緩和的な政策を志向するハト派と目されてきましたが、物価上昇率が低いままなのに計5回の利上げを実施し、経済が上向き、5%前後という失業率は物価上昇が始まるほどの低さだという考えがその根拠となっていました。ところがパウエル議長の下で失業率は一層低下しながら、大幅な物価上昇を引き起こしていませんでした。

ただし現在のイエレン氏は、かつての彼女とは違うように見えます。18年に議長を退任して以来、政策金利をゼロ近辺まで引き下げ、新たな貸出制度を設けるといったパウエル氏の積極的な政策対応をずっと支持しています。最近FRB自体が政策方針を軌道修正して、もはや単に失業率が低いからという理由で利上げを支持しない考えを打ち出したのと同様に、イエレン氏も物価上昇を生まない失業率の下限に関する認識を改めたのかもしれません。

イエレン氏は、財政赤字への姿勢も変わってきています。17年当時、米国の債務が約15兆ドル、国内総生産(GDP)の75%前後に達した際に、「国民が安眠できなくなる」はずだと警鐘を鳴らしていました。しかし新型コロナウイルスのパンデミックが発生する直前の今年1月、気候変動問題などに関する財政支出拡大を容認する態度を示し、その後コロナ対策を巡る支出増にも賛成しています。

イエレン氏は結局、思い切った政策措置をより前向きに進めようとすると市場はすでに織り込み始めています。

FRB議長から財務長官に転身したケースは過去に1人、カーター政権のミラー財務長官しかいません。そのミラー氏は、劇的な政策変更が必要な局面で決断ができなかったため、FRB議長としても財務長官としても、合格点に程遠かったようです。イエレン氏は、そうした負の前例を塗り替えるだけの要件を備えていると市場ではみられているようです。報道が伝わった後、エリザベス・ウォーレン上院議員は、ツイッターで歓迎の意を発信しています。(以下のツイート参照)

出所:ロイター、ブルームバーグ、CNNの報道より

エリザベス・ウォーレン議員のツイッター

訳)ジャネット・イエレンの財務長官指名は優れた選択となるでしょう。 彼女は頭が良く、タフで、信念を持っています。 これまでで最も成功したFRB議長の一人として、彼女はウェルズ・ファーゴに対して働く家族の不正行為の責任を負わせたことなども含め、ウォール街の銀行に立ち向かいました。

過去4年間、ムニューシン長官は裕福で関係の深い人々に対応してきましたが、苦しんでいる家族や中小企業を取り残していました。 私は、イエレン長官と協力して、経済を強化し、不平等に取り組み、消費者を保護することを楽しみにしています。

ジャネット・イエレン氏の経歴・職歴・経済金融政策の考え方

ジャネット・イエレン(Janet Louise Yellen

1946年8月13日生まれ(74歳)

イエレン氏は、オバマ前政権によって指名され2014年から2018年まで第15代FRB議長を務めました。

経歴

開業医の父と教師の母の間に、NY州ブルックリン生まれ。ポーランド系ユダヤ人。夫のジョージ・アカロフは、2001年にノーベル経済学賞を受賞し、カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授。

息子のロバート・アカロフは、マサチューセッツ工科大学のスローン・スクール・オフ・マネジメントで応用経済学における博士課程取得、現在、イギリスのコベントリーにあるウォーリック大学の助教授。

1967年:ブラウン大学(経済学)卒業、イエール大学でPh.D取得。イエール大学時代には、師事したノーベル経済学者のジェイムス・トービン教授とジョセフ・スティグリッツ教授から「もっとも聡明で記憶に残る学生の一人」と言わしめた。

職歴

1971-76年:ハーバード大学助教授。1977-78年:FRBにて、国際金融・貿易・金融研究部門のエコノミスト、1978-80年:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の講師、1980年 – 1985年: カリフォルニア大学バークレー校のハース・ビジネススクールの助教授、准教授、1985-94年:同ハース・ビジネススクールの教授、1994年 – 1997年:連邦準備制度理事会(FRB)の理事、1997-1999年:クリントン政権の大統領経済諮問委員長、1999年:全米経済研究所(NBER)の研究会員、2001年:西部経済学会会長、アメリカン経済協会(AEA)副会長、2004-10年:サンフランシスコ地区連銀総裁、2010-14年:FRB副議長、2014-18年:FRB議長。

FRB議長退任後は、ブルッキングス研究所の特別研究員。

※ブルッキングス研究所には、FRB前任のバーナンキ元FRB議長も所属。

経済金融政策の考え方

イエレン氏は、インフレ高進のリスクを踏まえても失業率を引き下げる戦略を好ましいと考えており、金利を安易に上げない「ハト派」と見られています。FRBの2大目標には矛盾することが多いとは考えていないと表明しています。1995年には「2つの目標が相反して過酷なトレードオフが求められる事態になった場合、私にとって賢明で人道にかなう政策は、インフレが目標水準を上回って推移している局面でさえ、インフレ率の上昇を伴うことが時折ある」と発言している。効率賃金理論を提唱し、賃金上昇によって労働者の生産性が向上し会社の利益が増すことを示しました。

連邦準備制度理事会(FRB)前議長時代のジャネット・イエレン氏の金融政策

2008年頃以降のアメリカの経済危機に対し、イエレン氏は副議長として、マネタリーベースの大幅な増加による大規模な量的金融緩和政策を支持しました。最終的にマネタリーベースは4兆ドルを超え、この量的金融緩和政策はアメリカの経済を良好に回復させたとして高い評価があります。

バーナンキやイエレンが率いるFRBは長期にわたる金融緩和により、景気がある程度回復したと見ると、2013年末から月100億ドルずつの量的金融緩和の縮小を開始しました。バーナンキの退任後、新議長になったイエレンはその方針を踏襲しました。

イエレン新議長は2014年5月8日行った上院予算委員会での証言で、適切なバランスシートの規模について政策の正常化が進行するまで決定を急がない考えを示し、危機前の水準に戻すには5-8年近く要する可能性があると指摘しました。2014年8月20日、FRBは先月分の連邦公開市場委員会議事要旨を公開し、(将来予定される)最初の利上げ後も当面、保有証券の償還資金再投資を継続することに「ほとんどの」参加者が賛成していると公表しました。

2014年8月22日、イエレンはアメリカの失業率が予想以上に速いペースで低下したことを指摘しつつも、失業率のみを指標として米労働市場の健全性を判断するには不十分と強調し、入手される指標や情報に基づき、(予想される将来の利上げなどの)政策を柔軟に決定することを再度主張しました。2014年10月29日、FRBは資産買い入れ額をこれまでの150億ドルからゼロとしました。これに伴い、2012年9月に開始した量的緩和第3弾(QE3)による新たな資産買い入れは終了しました。また、超低金利政策が「かなりの期間」になるという表現を継続して、フォワードガイダンスの表現を維持しました

2016年の大統領選挙運動中にトランプ氏は、イエレン氏は政策行動を「恥じるべきだ」と述べ、バラク・オバマ大統領の遺産を強化するために低金利を維持していると非難していました。トランプ氏が大統領に選出された後、「ドット・フランク法」を守ることをイエレン氏は誓っています。様々な憶測が流れる中、トランプ新大統領は、FRB議長の再任を示すとの報道もありましたが、パウエル氏を次期FRB議長に指名しました。

米国の中央銀行(連邦準備制度:FRB)の金融政策の最大の目標は、最大限の雇用と物価安定の促進と法律で規定されています(※1)。前FRB議長のイエレン氏は特に労働経済学の専門家として知られ、経済状況を把握するのに特に雇用について重要視していました(※2)。

※1:連邦準備法(Federal Reserve Act) 第2条(a)項 The Board of Governors of the Federal Reserve System and the Federal Open Market Committee shall maintain long run growth of the monetary and credit aggregates commensurate with the economy’s long run potential to increase production, so as to promote effectively the goal of maximum employment, stable prices, and moderate long-term interest rates. 連邦準備制度理事会および連邦公開市場委員会は最大雇用、安定した物価、および適度な長期金利の目標を効果的に推進するために、経済の長期的な生産可能性に見合った長期的な通貨および信用枠の成長を維持するものとする。

※2:イエレン・ダッシュボード 米連邦準備理事会(FRB)第15代議長のジャネット・イエレンが金融政策を実行するにあたって重要視するとされる以下の9つの雇用関連指標のこと。米国のメディアがイエレン議長の講演、会見などを基に9つの指標に分類、報じたのが始まりとされる。 1.非農業部門雇用者数(Nonfarm payrolls) 2.失業率(Unemployment rate) 3.労働参加率(Labor force participation rate) 4.広義の失業率(U-6 underemployment rate) 5.長期失業者の割合(Long-term unemployed share) 6.退職率(Quits rate) 7.求人率(Job openings rate) 8.採用率(Hires rate) 9.解雇率(Layoffs and discharges rate) それ以外に ・経済的理由でパート職にしかつけない人の割合 ・現在仕事をすることが可能な労働者数 なども重視していたとされています。

2019年2月に、英BBCとのインタビューにおいて、イエレン氏は大統領がマクロ経済政策を把握していると思っているかと聞かれ、彼女は「いいえ、私はそう思わない(No, I do not.)」と答えています。彼女は続けて、トランプ氏はインフレの抑制と雇用の支援というFRBの2つの責任を理解していないようだと述べ、「FRBの目標は最大の雇用と物価の安定であり、それは議会がFRBに割り当てた目標であると彼が言うことさえできないだろう」と語りました。

イエレン氏は今年1月、会長を務める米国経済学会の年次総会で、「現在の状況では、景気が低迷した場合、経済を刺激するために連邦政府の支出を増やしたり減税したりする余裕があると思う」と述べています。最近のインタビューの中で、ウイルスによって引き起こされた経済的荒廃に取り組むために議会からのより多くの支出を提唱しました。「経済界には膨大な量の苦しみがあります。経済には支出が必要だ。」と訴えました。

また8月にワシントンポスト紙に、「景気後退に対応してより多くの財政刺激策を制定することが緊急である」と語っています。 彼女は特に、都市や自治体の資金が不足し、低所得の労働者が1年以上失業して恒久的な傷を負っているのを心配していると述べています。

イエレン氏は、強引に周りを引っ張っていくというタイプではなく、周りとのコンセンサスづくりが匠と言われています。経済政策については強い信念を持っているため、ブレない考えをもって議会ともうまくやっていけると思われます。1月の就任前にも、早々に経済対策パッケージを提案してくることもありえるでしょう。来年は明るいでしょう。

しかしながら、現財務長官のムニューシン氏は、FRBに対して、使っていない資金を財務省に返せと言っています。しかも、期限が12月末というのは、問題です。今年の12月末さえ乗り越えられれば、明るい来年が待っています。

米国株式市場・為替相場への影響

イエレン氏が財務長官になることで、市場では様々な意見が出ていますが、私は緩やかなドル高になっていくのではないかと考えます。たしかに低金利環境が長期間続きますが、それ以上に大量の国債増発が予想されます。長期金利は大幅に上昇することなく、緩やかな上昇と思います。長期金利が上昇し始めれば、FRBが上がった分だけ買えばいいだけのことです。FRBは実質的なイールドカーブ・コントロール導入に動くでしょう。欧州や日本から見れば、アメリカの長期金利は、まだまだ高いです。しかも、短期金利がゼロでヘッジコストがかからないので、ヘッジ付きで、長期セクターの債券投資は非常に魅力的です。世界的なイールドハントはまだまだ続きそうです。

追加的経済対策を行うことで、資産価格の上昇は続きます。つまり、株、不動産、クレジット市場、商品市場などリスク資産は上昇していくでしょう。特に、クレジット市場は海外の金融機関が大量に資産を購入しています。イエレン氏は、雇用対策も含めて、低格付けのクレジット市場(ハイ・イールドとレバレッジ・ローン)はどんなことがあっても崩すようなことは避けるでしょう。

経済対策とともに新型コロナのワクチンが広がっていけば、今年の相場とは違い、セクター・ローテーションが一気に起こるでしょう。来年の春には、ローテーションさえも終了しているかもしれません。ETFであれば、時価総額加重平均のインデックスのものより、均等加重(イコール・ウエイト)のものが魅力的になるのかもしれません。何もGAFAが売られるというのではなく、それよりも、売られたままになっている景気循環株を中心にバリュー投資が見直されるということです。今の状況は、丁度1998年のアジア通貨危機やLTCM危機の直後というふうに見ています。コンピュータの2000年問題(DX)やノストラダムスの予言(今回はこれがコロナ)と読み替えれば似ていると思います。本当のバブルはここから始まりそうです。

資産価格が上昇することで海外からの投資資金が集まり、ドルを下支えすることになると思います。さすがに、来年末にかけて、ダウが40,000を超えてくるとか、S&P500が5,000に近づくようであれば、早期の利上げ観測が出てくることもあるでしょう。ただそれは再来年(2022年)のことです。利上げが始まらない限り、ユーフォリアは続くでしょう。民主党のなかでも、強硬左派といわれるエリザベス・ウォーレン上院議員もイエレン氏の財務長官就任を歓迎しており、就任後すぐに低所得者層や中間所得者層を救済する大型経済対策が打ち出されるのではないかとの観測も出始めています。

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