ヘッジファンドといえば、巨額の運用資金を元に相場を動かしたり、大量の株式を取得しモノ言う株主として企業に改革を迫るイメージがあるのではないでしょうか。人によっては、そんなヘッジファンドは悪名高い乗っ取り屋に映るかもしれません。
そんなヘッジファンドの代表ともいえるのが、カール・アイカーン率いるアイカーン・キャピタル・マネジメントです。200兆円規模のファンドを運営し、2011年にはヘッジファンド報酬として、20億ドルもの報酬を獲得しました。
そんなカール・アイカーンの歩みを知るとともに、どのような投資を行い利益を上げてきたのか解説します。
カール・アイカーンとは
「モノ言う株主」であり、アクティビストとして知られているカール・アイカーン氏は、ファンド運用で大成功を収め、資産が200億ドルを超えるとされている世界有数の資産家です。
多くの投資家は、良い企業に投資を行いますが、アイカーンは企業にアドバイスを行うことはもちろん、時には大量の株式を保有し大株主に名を連ねることで企業に改革を求めることを行います。また、委任状争奪戦(プロキシ―ファイト)を何度も行っています。
そして、ヤフーやイーベイ(e-Bay)とも激しい争いを行ったことから、乗っ取り屋という異名を持っています。
しかし、結果的に投資家の中で大きな成功を収めていることから、彼の企業を見る目や経営手腕は確かであり、他のヘッジファンドなどと一線を画するといえます。
アイカーン・キャピタル・マネジメント 企業乗っ取り屋、プライベートエクイティ投資家。企業に改革を要求するアクティビストファンドの運用者。2011年の資産は35%増に。
その手腕を買われ、トランプ政権では短期間ではあるものの規制改革担当の顧問就任していました。
なお2000年以降、同氏の運営するアイカーン・エンタープライズは年平均22%の運用パフォーマンスを収めています。
カール・アイカーンの年表
1936年 | 米国ニューヨークで生まれる |
1957年 | プリンストン大学で哲学を取得し卒業。ニューヨーク大学の医学部に入学 |
1959年 | 陸軍予備軍に入隊 |
1961年 | 証券会社に就職し株式仲介人として働く |
1965年 | リスクアービトラージとオプション取引を専門とする証券会社アイカーン Coを設立 |
1978年 | 大株主とし登場し始める |
1985年 | トランス・ワールド航空を敵対的買収 |
1986年 | USスチールの買収に失敗する |
1991年 | アメリカン航空にTWA株を4億4500万ドルで売却 |
2001年 | リバーデイルLLCと契約。200万株の株式購入オプションと引き換えにジェネシスインターメディアに1億ドルを貸与 |
2004年 | マイラン研究所とキング薬品の買収合戦で勝利 |
2005年 | XOホールディングスの会社オーナーになる |
2006年8月 | テイクツーインタラクティブの株式を購入 |
2007年1月 | 癌研究に携わるバイオテクノロジー企業Telikの株式9.2%を取得 |
2008年 | ヤフーの株式を大量に取得し、委任状争奪戦を開始すると警告 |
2008年2月 | アクエリアスカジノリゾートなどのネバダ州のカジノ権益を売却 |
2008年3月 | モトローラ社にモバイル事業の売却を行うよう提訴 |
2009年4月 | アミリンの代理人として委任状争奪戦へ |
2010年2月 | ラスベガスのフォンテンブローの不動産を約1億5000万ドルで買収 |
2011年 | ヘッジファンド報酬が20億ドルに達する |
2012年10月 | ネットフリックスの株式10%を取得 |
2013年2月 | フォーブズ誌の高い収益を上げるファンドマネージャー40人のうちの一人に選ばれる |
2013年8月 | デル(Dell)とその取締役会を訴える |
2013年10月 | アップルの株式を470万株保有していると判明 |
2013年10月 | 経営不振に陥っていたカナダの石油会社の株式を6100万株取得し株価は急騰 |
2013年10月 | 保有するネットフリックスの株式を50%売却し8億ドルの利益を得る |
2014年1月 | イーベイにペイパルのスピンオフを提案 |
2015年5月 | リフトに1億ドルの投資を行う |
カール・アイカーンの投資手法
投資家には、短期売買で利ザヤを稼ぐデイトレーダーから、価格差を狙ったアービトラージャー、好業績で成長性が期待できる企業を買う王道の投資まで様々なタイプがいます。
カール・アイカーンは、大量の株主を保有することで議決権を行使し、取締役に様々な要求を行う「グリーンメーラー」と呼ばれるアクティビストに当てはまります。
同氏はインタビュー等で「チャンスさえあればあらゆる企業の経営権を握りたい」と発言しています。そして、エネルギー、鉄道、航空、カジノ、通信、ITなど非常に幅広い分野の企業へ投資を行い、経営権を握ったり、取締役を送り込んでいます。
基本的に「会社の経営権を握る」ことで大きな改革を断行し、高いパフォーマンスを上げているのです。
ヤフーと委任状争奪戦を仕掛け業務提携へ
アイカーンを語るうえで欠かせないストーリーは、マイクロソフトのヤフー買収劇です。
両社の株を保有するアイカーンは、2008年2月にマイクロソフトがヤフーへ買収提案を行ったことで大きく動き始めました。買収の話が流れた後に、アイカーンは6000万株のヤフー株を取得。10人の取締役を推薦し、委任状争奪戦を仕掛けました。そして7月にはマイクロソフトと合同での分割買収の提案を行いました。
さらに、8月にはヤフーの取締役に就任。新しいCEOを就任させ、マイクロソフトとの検索事業に関する10年契約を締結されるのに一役買いました。2009年10月には、目的を果たせたほか、注力すべき企業が多数あるとしてヤフーの取締役を辞任しています。
大企業同士の大きな契約前面にも、アイカーンの動きがあることから、同氏がいないとこれらの企業のサービスも大きく異なるものになっていたかもしれません。
ツイートひとつでアップルの株価が5%の上昇へ
アイカーンの他の投資家への影響力の高さを表すエピソードを紹介しましょう。
2013年に、アイカーンは数十億ドル分(470万株)のアップル株を買い集めました。そして、ティム・クックCEOに自社株買いを実施するよう強く要請しました。1500億ドル以上もの手元資金を株主還元の原資にするよう迫ったのです。
そして「ティム・クックCEOと話し合い、規模の大きな自社株買いを実施すべきと提案した」とツイート。すると、翌日の株価は5%以上も上昇し、アップルの時価総額は約2兆円をも増加することとなりました。
結果的に、アップルは2012年から2015年末までの間に900億ドル規模の自社株買いを実施することを決定。その後も自社株買いの規模は増額され、米国企業で最大の自社株買いを行う企業となりました。
関連記事:米国企業の株価を支える自社株買い
モトローラの経営改革を行いグーグルへ買収へ
モトローラは、米国を代表する通信機器メーカーで世界的企業でした。しかし、2007年頃から携帯電話の技術革新に乗り遅れ、ノキアやアップルに市場シェアを奪われてしまいました。
アイカーンは、モトローラ社の大株主となり、経営改善と2人の取締役の推薦を受け入れるよう迫りました。それと同時に、委任状争奪戦と経営情報の提出を求める訴訟を起こしました。激しいやり方でしたが、モトローラ社は、アイカーン氏の要求を受け入れたのです。
その後は、モトローラの携帯電話事業をモトローラ・モビリティとして分社化。そして、グーグルにより125億ドルで買収されることになりました。この大型買収により、アイカーンは4億ドル以上の利益を得たとされています。
デルの買収に失敗するも約7000万ドルの利益に
アイカーンの戦略的な投資計画が良く分かる事例を紹介しましょう。
2013年にパソコン大手のデルはMBO(経営陣による自社の買収・非上場化)を計画していました。この方針にアイカーンは反対し、対抗策を打ち出して経営陣と買収合戦を展開しました。しかしこの買収は失敗し、MBO阻止を断念することを表明しました。
一見、アイカーンの敗北に見えるのですが、半年間の買収合戦を繰り広げた結果、株価は大きく上昇しました。その結果、アイカーンは約7000万ドルの利益を得たとされています。
アイカーンにとって、MBOの阻止がベストシナリオだったかも知れませんが、たとえ失敗に終わっても負けることのないシナリオであったようです。
カール・アイカーン~まとめ
相場師というより経営者であったり企業再生のような印象を持つアイカーンですが、優れた相場感も持ち合わせている逸話があります。
2011年3月7日、サブプライム、リーマン・ショックに端を発する欧州金融危機の長引きなどを懸念して、自身のファンドから17億6000万ドルを投資家へ返還しました。そのわずか4日後には東日本大震災が起こりアジアの株価は急落。天性の野性的な勘が優れているといわれました。
また、2020年のコロナショックの際にも、不動産バブルの崩壊を予想。商業住宅ローン市場のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ:倒産に対する保険のような商品)を購入し「モールショート」とはやし立てられました。その後に、ショッピングモールや小売店はロックダウンなどにより売り上げ不振や閉鎖に追い込まれました。米高級百貨店のニーマン・マーカスや、JCペニーは破産を余儀なくされ、この取引は大成功に終わったのです。
アイカーンの動きから、相場や企業の先行きを予想することはもちろんですが、経営者や自社株買いなどの投資家還元アクション、また同業界のM&Aなどのシナリオを予想することでより高いパフォーマンスが得られるのではないでしょうか。